エンタテインメント事業

JOHN PAUL JONES

JOHN PAUL JONES

レッド・ツェッペリンのベーシストとして著名なジョン・ポール・ジョーンズ(本名:ジョン・リチャード・ボールドウィン)は1946年1月3日にロンドン南東部のシドカップ地区の音楽家の両親のもとに生を受けた。6歳の頃に父親の手ほどきでピアノの演奏を習い始め、寄宿学校で正式な音楽教育を受けた彼は14歳の頃には地域の教会の合唱隊の指揮者兼オルガン奏者となっていた。この頃フィル・アップチャーチのレコードに触発されてエレクトリック・ベースを弾き始めた彼は15歳にして初めてのバンド『The Deltas〈ザ・デルタス〉』に加入、その後『Jett Blacks〈ジェット・ブラックス〉』というジャズ・ロック・バンドに移るが、そこにはジョン・マクラフリンが在籍していた。やがてデッカ・レコードのスタジオ・ミュージシャンとして1968年までベーシスト、キーボーディスト、アレンジャー、ディレクターとしてローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、ドノヴァン、ジェフ・ベックなど、数百に上るレコーディングに参加。ほとんど休みなく毎日2~3曲の制作をする日々に疲れた彼は、しばしば仕事を共にしたジミー・ペイジの誘いを受けて後にレッド・ツェッペリンとなる新しいバンドに参加したのだった。レッド・ツェッペリンはジミー・ペイジとロバート・プラントというスター・プレイヤーのイメージが強いのだが、その音楽性の中心的存在はジョン・ポール・ジョーンズだったという事を多くのミュージシャンが指摘している。彼とジョン・ボーナムはモータウンやスタックスといったレーベルやジェームス・ブラウンのファンであり、そこからツェッペリンのロックを超えたグルーヴ感が生まれ、また複雑なリズム展開や中近東的なメロディーを取り入れ、そしてメロトロンやマンドリンなどの使用など多彩でプログレッシヴなサウンドを生み出したのは、彼の先進的才能の成せる業だ。IACでは1999年の初のソロ・アルバム『Zooma〈ズーマ〉』および2001年の『The Thunderthief〈ザ・サンダーシーフ〉』をリリース。